余命認定の問題-平均余命との関係

a 問題の所在
将来介護費は、通常、症状固定後から平均余命までに必要な介護費のことをいう。
ところが、交通事故によって重度の後遺障害を負った場合、加害者側
(通常は支払をする保険会社側)からは、被害者が平均余命まで生存することが
できないとして介護費用の発生する期間を限定する主張が出されることがある。

このように、ある一定の重度後遺障害の場合には将来介護費を平均余命よりも
短期間に限定することが妥当なのかという問題がある。

b 疫学的観点との関係
まず、ある後遺障害を負っている者が疫学や統計上平均余命よりも余命期間が
短いと言いうる場合にそのような疫学的観点を余命認定に取り込むには、
「当該被害者について」疫学的に因果性が認められる必要があり、
単に疫学上平均余命が短いというだけでは余命期間を短期間に限定することは
できないと考えられる。

この点、「疫学分野においてその因果性がいかなるときに肯定されるか」
については、①関連の一致性、②関連の強固性、③関連の特異性、
④関連の時間性、⑤関連の整合性の5つの基準で検討される場合がある。

しかし、この基準は因果関係を認めるための要件として確立されたものではなく、
また、主要な要素と思われる一致性についても、どのくらいの数、質の調査を
もってすれば肯定されるのか定説がない状態である。

c 裁判例の検討
裁判例の中には平均余命よりも短い余命期間を認定するものもあるが、
重度後遺障害者についても健常者の平均余命までその余命を認定し、
平均余命までの将来介護費を損害として認定しているものがほとんどである。

学説においては、個々の事案で裁判所が被害者の余命を認定することは問題が
あるとの見解が有力であり、例えば、藤村和夫教授は、余命認定をした場合に
被害者がその認定された余命を超えて生存するときは、その後に発生した
介護費用は被害者側が負担することを余儀なくされるという不都合な結果が
生じることを指摘し、「余命認定への途は閉ざすべきである」とまで述べている。

そして、かつての東京地方裁判所民事27部総括判事である河邉義典裁判官は
「最近では、実務は、このような学説の指摘を受けて、重度後遺障害者に
ついても、健常者の平均余命までその余命を認定する傾向が強くなって」
いると述べている(胎動・26頁)。

千葉地裁佐倉支部判例平成18年9月27日(判時1967号108頁)は、
症状固定時38歳の男性が遷延性意識障害の後遺障害(自賠責等級1級)
を残した事案であり、脊髄損傷事案ではないが、以下のとおり裁判所は
疫学的観点からの被告の主張を退けている。

被告の主張 原告太郎の重篤な病態に照らし、その余命は
症状固定日から約10年間と推定すべきであると主張し、これに沿う
丁山意見書、戊田論文、Jセンターによる外傷性植物症患者の生命予後、
丙川意見書等を提出した。

裁判所の判断 丁山意見書は、その根拠の一つを、植物状態になると感染症や
褥創が起こりやすくなることに置くものであるところ、このような症状は、
十分な介護によりその危険性を低減させることが可能であるから、同意見書が
そのような十分な介護が実施された場合の余命についてまで及び得るか
については疑問なしとし得ない。

また、丁山意見書も引用してその根拠の一つとしている戊田論文は、
自動車事故対策センターの寝たきり者1,898例を基に生存余命を
推定するものであるが、寝たきり状態を脱却した者の脱却以後の生存期間が
計算に入っていないものであるため、これを根拠に寝たきり者の生存余命が
短いとすることには疑問がある。

丙川意見書も、戊田論文を前提にして原告太郎の余命を7年程度と推定しつつも、
余命は療養場所によって変わる可能性があり、植物状態からの脱却の可能性も
残されているとするものであるから、これをもって原告太郎の余命が短い
とみることはできない。

むしろ、Jセンターによる外傷性植物症患者の生命予後は、脳損傷により
植物状態の介護料受給者の平均死亡率が15.2%であるのに、同センターでの
年間死亡率は1.2%であるとして、十分な介護・医療により良好な生命予後を
実現しているとしており、適切な環境設定により死亡率を低くすることが
できることが窺える。

そして、原告太郎に対しては、感染症や褥創を防止するための措置が採られ、
現在の病状は安定しており、自宅介護に移行した後も、これと同程度の環境が
整えられるべく計画されていることは前記認定のとおりであり、その生命予後が
不良であることを窺わせるような具体的な事情は見出せない。

以上を総合するに、原告太郎が平均余命まで生存することができないと
認めることはできないというべきであるから、同原告の将来の付添介護料を
算定するにあたっては、平均余命を用いるのが相当であり、簡易生命表を
用いて症状固定時38歳であった同原告の余命を41年間とみるのが相当である。

なお、自動車事故対策センターの統計資料に基づく解析については、
過去の一定期間に集められた、少ないサンプル数に基づいているものである
ことを理由に、その解析だけで原告の平均余命が通常人より少ないと認める
ことはできないと評価し、平均余命までの将来介護費を認めた裁判例もある
(名古屋地裁平成14年8月19日・自保1471号)。

d 結論
将来介護費の認定の際に、疫学や統計上の観点から余命期間を限定する
ことは基本的には困難であり、例外的に「当該被害者について」
疫学的因果性が認められる場合に限って限定が可能になるものと思われる。




  • LINEで送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ページトップへ

0120-949-753

このページの先頭へ