検討

裁判例を検討すると、介護保険制度の存在を理由として明確に金額を
控除した代表的なものとしては前掲熊本地裁判決があるものの、多くの
裁判例では控除を否定している。  

この点に関し、不法行為と同一の原因によって被害者が第三者に対して
取得した債権の額を加害者の賠償額から控除することの要否及び遺族年金の
額を加害者の賠償額から控除することの要否が問題となった
最判平成5年3月24日(民集47巻4号3039頁)では、
「不法行為と同一の原因によって被害者又はその相続人が第三者に対する
債権を取得した場合には、当該債権を取得したということだけから右の
損益相殺的な調整をすることは、原則として許されないものと
いわなければならない。けだし、債権には、程度の差こそあれ、履行の
不確実性を伴うことが避けられず、現実に履行されることが常に確実で
あるということはできない上、特に当該債権が将来にわたって継続的に
履行されることを内容とするもので、その存続自体についても不確実性を
伴うものであるような場合には、当該債権を取得したということだけでは、
これによって被害者に生じた損害が現実に補てんされたものということが
できないからである。」「したがって、被害者又はその相続人が取得した
債権につき、損益相殺的な調整を図ることが許されるのは、当該債権が
現実に履行された場合又はこれと同視し得る程度にその存続及び履行が
確実であるということができる場合に限られるものというべきである。」
と判示し、損害額からの控除を原則否定した。

この裁判例の考えに従うと、原則として将来の介護保険給付を理由とする
控除はできないものの、介護保険給付が例外的に「現実に履行された場合又は
これと同視し得る程度にその存続及び履行が確実であるということができる
場合」には控除されうるという判断になるものと思われる。

そこで、介護保険給付が上記例外的場合にあたるかが問題となる。
この点について、参考になる裁判例としては、札幌地判平成13年8月23日
(自保ジャーナル第1432号)が挙げられる。

これは、事故時49歳女子が遷延性意識障害による1級3号後遺障害を残した
事案であるが、被告からの原告が65歳となった時点以降の介護費については
介護保険法の適用を受ける蓋然性が高いとして同法の適用を考慮すべきという
主張に対し、裁判所は「不法行為と同一の原因によって被害者が第三者に
対して損害と同質性を有する利益を内容とする債権を取得した場合、当該債権が
現実に履行されたとき又はこれと同視し得る程度にその存続及び履行が確実で
あるときに限り、これを加害者の賠償すべき損害額から控除すべきところ
(最高裁平成5年3月24日大法廷判決・民集47巻4号3039頁)」と
前記最高裁判決を引用した上で、「給付が履行されるのは10年以上も先の
ことであり、どのような給付がされるかも未確定であるから、本件においては、
当該債権が現実に履行されたのと同視し得る程度にその存続及び履行が
確実であるとは到底いえない。

したがって、本件においては、介護保険法による給付を前提として、被告の
賠償額を定めるのは相当ではないから(その結果、介護保険法による給付との
調整は、同法21条2項により、被告が損害賠償をした価額の限度で市町村が
保険給付を行う責めを免れる方法により、されるべきことになる)、被告の
上記主張は採用できない。」と、前記最高裁判決の規範をあてはめて
例外的場合にもあたらないとして控除を否定した。

上記裁判例からも伺えるように、介護保険による認定は将来のことであり、
被害者が介護保険の適用を受け得る65歳になったときにどのような制度に
なっているか不確実なものであること、給付を受けるか否かは受けようとする
者の意思に係っているという点からは、介護保険給付は前記最高裁判決の示す
例外的な場合にあてはまらないと考えられる。

また、介護保険法21条では代位を定めているところ、将来の介護費用に
ついて、介護保険制度を前提に損害額から控除するのならば、被保険者は
そもそも自己負担分以外には第三者に対し損害賠償請求権を有さないことに
なるため、将来介護費用については同条に基づく代位ができなくなり、
同条の適用場面が大幅に制限されることになりかねないことから、当然に
控除されるとする見解は妥当ではないといえる(裁判例⑤参照)。

この点、前掲高野正人『高齢被害者の介護費用損害と介護保険』交通30号
107頁以下では、「もし、本人負担分だけが損害だということになって
しまいますと、介護保険給付から出る部分については損害がないという
ことになります。

損害がないのに介護保険の被保険者が損害賠償請求権を取得できる
わけがなく、従って、存在しないものを保険者が代位取得することも
できなくなり、結局介護保険給付を行った保険者は加害者から取り立て
られないという結論になってしまいます。

保険給付をしたらそのかわりに損害賠償請求権を取得するという制度で
あるからには、保険給付が出るのだから損害がないという論法は
とれないはず」とする。

したがって、介護保険制度の存在のみをもって、損害から控除し
負担部分のみを損害とすることは妥当ではないと考える。




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