札幌高判平成18年5月26日(判例時報1956号)

【事案の概要】
原告(控訴人、被害者)が、本件事故により、脳器質(脳実質)の損傷
(びまん性軸索損傷)を被り、これにより後遺症として自動車損害賠償保障法施行令
別表第2所定の後遺障害等級3級3号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、
終身労務に服することができないもの)に相当する高次脳機能障害を被ったとして、
これを前提とする損害を主張したのに対して、被告(被控訴人、加害者)が、
原告の症状は、(被告が主張するところの)高次脳機能障害と認定されるために
必要となる3要素(①交通事故によって、脳に対する強い外力が加わり、その結果、
画像で脳の萎縮や脳室の拡大が認められること、②意識障害が一定期間継続していたこと、
③事故後の人格の変化、知能低下が顕著であること)をいずれも充たしておらず、
また事故による衝撃は、脳外傷の生じない程度の極めて軽微なものであり、加えて、
控訴人は、本件事故によって頭部に対する直接の損傷を被っていないこと、
事故後の初期の診療においても、脳機能障害が疑われるような状況はなかったこと、
事故後に示された症状等は、医学的には心因反応による症状であって、
外傷性の高次脳機能障害によるものではないこと、鑑定結果でも、控訴人の現在の記銘力、
記憶障害症状が高次脳機能障害であるとの確認に至っていないこと等を主張して、
原告の請求を争った事案。

【裁判所の判断】

「控訴人は、上記認定のとおり、本件事故直前に、本件バンの後部座席のやや左側に座り、
右窓のほうを見ながら、右足は床中央部の高くなっている部分に置き、左足は床の低い
部分に置いて、上半身は右横を向いて、右肘を背もたれにかけ、体重も背もたれに
寄りかかった状態で乗車していたところ、本件事故により、前へ強い力で押し出され、
投げ出されるような衝撃を受け、目の前が真っ暗になったものである。そうすると、
控訴人は、加速損傷により、びまん性軸索損傷をした可能性があることになる。

しかし、控訴人には、上記認定事実のとおり、X線写真、CT画像、MRI画像では、
脳室拡大や脳萎縮といった外傷を疑わせる外見上の形跡が見当たらなかった。
高次脳機能障害の場合、上記のとおり、損傷を受けた軸索の数が少ないようなときには、
慢性期に至っても外見上の所見では確認できないが、脳機能障害をもたらす
びまん性軸索損傷が発生することもあるとされ、このような場合は、神経心理学的な
検査による評価に、PETによる脳循環代謝等の測定結果を併せて、
びまん性軸索損傷の有無を判定していく必要がある。

控訴人には、上記認定事実のとおり、控訴人の頭部のPETによる画像には、
局所的な血流の低下を示す所見があること、頭部のSPECTによる3D-SSP
による画像には、局所的に血流が低下している部位があることが認められる。
そうすると、さらに、控訴人を神経心理学的な検査による評価をも併せて判定する
必要がある。従来の一般的な検査では、上記認定事実のとおり、
ウェクスラー成人知能検査(平成14年6月25日施行)にて、言語性=103、
動作性=131、全IQ=116と平均値を上回る値である。しかし、各検査ごとに、
休憩が必要など疲れやすく、長続きしない。また、言語性において数唱や算数の問題が
極端に低く、即時記憶の低下に関係していると考えられる。浜松式高次脳スケール
(同日施行)でも、同様の結果がみられた。簡単な文章の理解も困難であり、
知能の高さに比し日常的なことで支障をきたすものと考えられるとされる。
加えて、前頭連合野の機能テストを、上記認定事実のとおり、Q教授が実施している。
Q教授が、控訴人の前頭連合野の機能テストをした結果は、次のとおりであり、
Q教授は、このテスト結果から、控訴人に高次脳機能障害が認められることは
明らかであるという。」

「しかし、上記のテスト自体が標準的といえるかについては、V医師から批判的な
意見があり(証拠略)、また、当審における鑑定人であるX医師及びY医師も、
検査結果には一部矛盾が認められるとして、これらの検査結果から脳機能障害が
あると断定はしていない。

以上のとおり、控訴人は、医学的見地からすれば、本件事故により脳に損傷を
負ったとは、明確には断定はできないといえる。」

「控訴人は、上記認定事実のとおり、本件事故により、強い力を感じて目の前が
真っ暗になった程度であり、一定期間、意識障害が継続したことはないので、
この要素について充足していないとも考えられる。しかし、この要素については、
前判示のとおり、意識障害を伴わない軽微な外傷でも高次脳機能障害が起きるか
どうかについて見解が分かれており、これを短期間の意識消失でもより軽い
軸索損傷は起こるとする文献があること等から、必ずしも厳格に解する必要はなく、
控訴人のように目の前が真っ暗になった程度であっても、充足していると解する
余地がある。」

「当裁判所の判断は、司法上の判断であり、医学上の厳密な意味での
科学的判断ではなく、本件事故直後の控訴人の症状と日常生活における行動をも
検討し(被控訴人の主張によっても、本件事故直後から、控訴人が、本件事故に
殊更有利となるような行動をし、供述をしていたということはなく、本件事故直後の
控訴人の言動に作為は認められない。)、なおかつ、外傷性による高次脳機能障害は、
近時においてようやく社会的認識が定着しつつあるものであり、今後もその解明が
期待される分野であるため、現在の臨床現場等では脳機能障害と認識されにくい
場合があり、また、昏睡や外見上の所見を伴わない場合は、その診断が極めて困難と
なる場合があり得るため、真に高次脳機能障害に該当する者に対する保護に欠ける
場合があることをも考慮し、当裁判所は、控訴人が本件事故により高次脳機能障害を
負ったと判断する。

【裁判例の検討】

本裁判例では、原告には、脳萎縮や脳室拡大等の明確な画像所見も、一定期間の
意識障害の継続もなく、裁判所自身認めているとおり、厳密な意味での科学的判断
であれば、原告(控訴人)の症状が高次脳機能障害であると断定することはできない
としつつも、PETおよびSPECTにより異常所見が認められること、
神経心理学的検査においても異常を示す結果が出ていることを重視し、
高次脳機能障害が今後も解明が期待される分野であり、現状真に高次脳機能障害に
該当する者に対する保護に欠ける場合があることも考慮して、司法上の判断として
高次脳機能障害を認めている。




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