不全損傷について

上記に関連して、脊髄不全損傷との診断がなされた場合に、どのような条件が
揃えば不全損傷として、脊髄の損傷が認められるかも問題となる。

ここで、脊髄損傷の症状は、脊髄全横断面にわたって神経回路が断絶した
完全麻痺(損傷)と、一部でも保たれた不完全麻痺(損傷)に分類される。
したがって、不全損傷とは、文字どおり脊髄を完全には損傷しなかった
場合を示す。

不全損傷の場合には、神経が完全には断裂していないため、知覚や運動が
完全に麻痺する完全損傷とは異なり、損傷の部位・程度・損傷形態等により、
代表的とされる各種症状の有無・程度には広範囲の差異があるとされている。

そのため、脊髄損傷の存否が問題になる事案のほとんどが不全損傷と
診断されているといえる(本章で検討している脊髄損傷の存否が争いと
なった裁判例のほとんどが不全損傷である)。

例えば、頸髄損傷では、骨折脱臼等が生じていれば(いわゆる骨傷があれば)、
完全な頸髄損傷になることが多い。そして、完全な頸髄損傷ということに
なれば、高位に応じて後遺障害等級としては通常3級以上が認定される。

他方で、骨折脱臼がない(X線上骨傷が明らかではない)頸髄損傷の
場合には不全損傷とされることが多い。そして、麻痺等の後遺障害が生じた
場合には、その範囲・程度によって9級以上の等級に該当することになる
(12級の神経症状は脊髄損傷とは別個のものとして考えた場合)。

第○章で説明したように、この不全損傷にはいくつか類型があるが、
その中でも、最も脊髄損傷の存否が問題となることが多いものが
中心性脊髄損傷と呼ばれる傷病である(なお、後記裁判例16では、
「頚髄の不完全麻痺の中で最も多いのは、約70パーセントを占める
中心部損傷型である」とされている)。

この中心性脊髄損傷とは、脊髄の辺縁に存在する索路(白質)よりも
中心部にある髄節(灰白質)が主に損傷される障害とされ、脱臼や骨折を
認めない非骨傷性頸髄損傷に多く認められる。

比較的高齢者に多く、発症は頚部の過伸展外力により起こると
考えられている。

また、その発症に関与する要因としては複数の見解があるものの、
椎体が後方にすべり脊髄を損傷するという見解が有力であるとされる。

(以上「イラストでわかる整形外科診療」)

この中心性脊髄損傷の主要な症状としては、下肢よりも上肢に麻痺が
強く出る点に特徴がある。

この点、通常の脊髄損傷では、上肢の麻痺は下肢の麻痺と同一もしくは
それ以下になることが多い。なぜなら、前述のように、脊髄の神経は、
外側が下肢で中心が上肢につながっているところ、交通外傷では外側が
もっともダメージを受けるため下肢の麻痺がひどくなることが一般的
だからである。

しかし、中心性脊髄損傷では、逆の症状となるのである。

なぜこのような症状が生じるのかについては、溝辺克己弁護士の講演録
(日本弁護士連合会「日弁連研修叢書 現代法律実務の諸問題」
平成15年版57頁(第一法規株式会社、平成16年))において、
脊髄をバナナにたとえて説明している点が非常にわかりやすいと思われる。

上記講演録によると、脊髄は皮のついたバナナのような構造であり、
一般的な脊髄損傷は、バナナの皮も果肉も全部やられてしまう状態であるが、
バナナを強く揺すったときに、外側のバナナの皮は大丈夫だが果肉の部分が
ぐずぐずに壊れる場合があり、その果肉の部分がぐずぐずになってしまった
状態が中心性の脊髄損傷というように説明されている。

つまり、脊髄の完全な損傷の場合には、バナナをナイフで切るイメージで、
下肢から上肢までの神経も切断されてしまうから、上下肢に完全な麻痺が
生じる。これに対して、中心性脊髄損傷では、事故の衝撃により、
バナナの皮の部分は仮に痛んだとしても形を保っているため、完全な麻痺
とはならないが、中身は組織が崩れてしまい、上肢の神経とのつながりが
うまくいかなくなるため、上肢の麻痺が下肢よりも強く生じるのである。

以上のことを前提に、以下では脊髄損傷の存否が争われた裁判例を大きく
脊髄損傷を肯定したものと否定したものとに分けた上で、いかなる要素が
どのように判断されたことによって、存否が判断されたのかを検討する。




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