骨盤骨変形

ア 骨盤の機能

骨盤は,左右の寛骨(下肢のつけ根にあって下肢帯をなす骨格)と脊柱下端部
(仙骨,尾骨)が作る環状骨格で,脊柱が受ける荷重を2分して左右の大腿骨に伝えている。

また,骨盤の上部(大骨盤)は腹腔底として腹部内臓の受け皿となり,下部(小骨盤)は
骨盤腔を作って膀胱,直腸,子宮などの骨盤内臓を収める。そして,女性骨盤は
産道として機能するため,小骨盤が大きく短くなる。一方,男性骨盤は運動機能に
有利となるように左右の股関節の距離が狭まる。そのため,骨盤は全身の骨格の中で
最大の性差を示すとされる。

イ 骨盤骨変形の態様
骨盤骨の変形には,交通事故外傷としての骨折による変形と腸骨採取術による
変形が考えられる。

腸骨の採骨術とは,骨盤を構成する腸骨から採取した骨片を骨欠損部の補填や
骨癒合促進のために目的とする部位に移植することをいう。この採骨に伴い骨盤骨が
変形した場合も,著しい変形となれば自賠責では12級5号に該当することになるのである。

そこで,以下では,裁判例を大きく①骨折による骨盤骨変形の場合と②腸骨採取による
変形の場合とに分けた上で,労働能力喪失の有無及び喪失率をどのように
判断しているのか検討する。

イ 裁判例(①骨折による場合)

(ア)労働能力喪失を肯定した裁判例
裁判例? 神戸地判平成10年7月17日(交民集31巻4号1078頁)
年齢 固定時21歳
性別 女性
職業 短大生
原告の主張する傷害の内容 不明
自賠責等級 併合4級(①神経症状5級,②骨盤骨変形12級)
喪失率92%
裁判所認定等級等 同上
喪失率92%,喪失期間46年(67歳まで)

被告の主張 骨盤骨変形は労働能力に影響しないから労働能力喪失率は
79パーセントを上回らない

【本裁判例の分析】
(1)裁判所は,被告の上記主張に対し,症状固定後さらに続けたリハビリによって、
T字杖を使って100メートルくらいは歩けるようになり、学校での教室の移動は
杖なしでもできるまで改善したが、動的立位バランスは不安定であり、長時間での
立位作業は不可能であり、荷物の運搬などの作業にも限界が認められる等の原告の
現実の症状に鑑みるとき、被告が主張するように骨盤骨変形であるという形式的理由だけで
労働能力喪失率を通常よりも引き下げるのは相当ではないとした。

そして,原告の後遺障害の内容、程度、及び原告の性別、年齢からすれば、
原告の労働能力喪失率は、就労可能年数全期間につき92パーセントとすることが相当とした。

(2)本裁判例は,骨盤骨変形ということのみで労働能力喪失の有無を判断することは
妥当でない旨述べ,変形障害によって骨盤骨の機能が害されて具体的に支障が
生じていることを認定して労働能力の喪失を認めており,他の変形障害と同様に,
具体的な支障の有無を検討することが重要であるといえる。

裁判例? 大阪地判平成18年12月6日(自保ジャーナル1693号)
年齢 事故時42歳
性別 女性
職業 主婦
原告の主張する傷害の内容 骨盤骨折、胸鎖関節脱臼、頸部捻挫、
側頭部裂創、腰部挫傷,PTSD
自賠責等級 併合11級(①骨盤骨変形12級5号,②鎖骨変形12級5号,
③神経症状14級10号)
喪失率20%
裁判所認定等級等 併合11級
喪失率20%、喪失期間22年間(67歳まで)

原告の主張 原告の後遺障害は10級に相当する。鎖骨の変形は単なる変形ではなく、
鎖骨が接合しないまま癒合したために力が入らなくなっており、骨盤骨の変形により右腰の
支持力が大幅に減退したことも加わって、体幹の右側は上下にわたり支持力が欠け、
家事を含む作業に大きな支障が出ている。

原告の後遺障害は形式的には11級相当であるが、上記事情から少なくともこれを
1級繰上げた等級が相当と考えられる。

被告の主張 骨の癒合は得られており、支持力に欠けるとの主張には根拠がない。
後遺障害の程度は自動車損害賠償責任保険における後遺障害等級認定のとおり
11級が相当である。

【本裁判例の分析】
(1)裁判所は,原告の上記主張に対し,骨の変形自体は自賠責における
後遺障害等級認定において既に評価されていること、右肩関節の可動域、右股関節可動域は、
いずれも健側の4分の3以下に制限されていないこと、右股関節部痛、腰から下肢への
しびれについて、自動車損害賠償責任保険の後遺障害認定においては、腰椎部に特段の
異常所見は認められず、治療経過上等から、骨盤骨折後、派生的に生じていると
捉えられており、頸部痛、右手脱力感等の症状については、他覚所見に乏しいと
されていることが認められ、他に体幹の右側が上下にわたり支持力が欠けていることを
医学的に裏付けるような事実を認めるに足りる証拠はないことから,
原告の主張は採用できないとした。

そして、原告は11級の後遺障害を負ったものであるから、本件事故によ
り、
労働能力を20%喪失したと認めるのが相当であるとした。
(2)本裁判例は,骨盤骨変形に伴って痛みが生じていることを認定した上で,
併合等級どおりの喪失率を認めた。

上記2つの裁判例以外にも,喪失率を喪失率表どおり認定した裁判例として,
東京地判平成16年5月10日,東京地判平成16年12月21日,
大阪地判平成18年9月29日等がある。

裁判例●51 東京地判平成19年11月26日(自保ジャーナル1730号)
年齢 固定時23歳
性別 女性
職業 アパレルメーカー社員
原告の主張する傷害の内容 骨盤骨折、顔面・両手挫創、右膝・右臀部挫創、
後頭部挫創
自賠責等級 併合6級(①骨盤骨変形12級5号,②外貌醜状7級12号)
喪失率67%
裁判所認定等級等 併合6級
喪失率10%,喪失期間20年間

被告の主張 外貌醜状、骨盤骨変形のいずれについても、
労働能力の喪失は認められない

【本裁判例の分析】
(1)裁判所は,まず,原告が症状固定時23歳であったことからすると、
本件後遺障害が原告の労働能力に影響を与えることは否定できないとした。

もっとも,事故の前後を通じて、原告の収入が著しく減少したとか、症状固定の後の
業務遂行に著しい支障が生じているとまで認めるに足りる証拠はないとした上で,
骨盤骨の変形について、後遺障害としていわゆる神経症状による影響は認められるが、
これを超える影響の有無については見解が分かれるところである上、病院の診療録には、
「日常生活動作支障なし、今日で終了」と記載され、次に同病院の整形外科
で受診したのは後遺障害診断が行われた平成17年3月2日であるとして,
その影響の程度に疑念を示した。

そして,逸失利益は、将来にわたる損害であるから、その算定は蓋然性の有無によって
判断されることになるが、蓋然性に疑いがもたれるときは控え目な算定方法をとるのが
相当であるとして,上記事情に照らすと、逸失利益については控え目に算定するほかなく、
醜状痕の部位、年齢等を考慮しても、20年間にわたり、10%程度の労働能力に対する
影響があるものと認めるのが相当とした。

(2)本裁判例は,原告に減収がないことや,外貌醜状が就労に与える影響,
骨盤骨変形の治療状況から,本件後遺障害が就労に与える影響の程度を疑問視し,
喪失率を大幅に下げて認定している。この点,骨盤骨変形に関しては,神経症状による
影響は認められると述べていることから,骨盤骨変形の労働能力喪失を否定してはいないと
思われるものの,本来骨盤骨変形12級の喪失率が14%であることからすると,
仮に外貌醜状の労働能力喪失を否定したとしても,骨盤骨変形自体の喪失率を
下げているといえる。

上記裁判例以外にも,喪失率を喪失率表から下げて認定した裁判例として,
東京地判平成15年12月1日(神経症状12級との併合11級事案で,喪失率14%,
喪失期間10年で認定),がある。

(イ)労働能力喪失を否定した裁判例

労働能力喪失を正面から否定した裁判例は見当たらなかった。 
なお,骨盤骨変形の存在が争われた事案として,京都地判平成14年5月23日があるが,
これは「骨盤骨の変形は,レントゲン検査により変形が認められる程度のものであり,
裸体になったときに変形が明らかに分かる程度のものではない」として,
そもそも12級5号の該当性を否定したものであり,骨盤骨変形の労働能力喪失を
直接否定したものではないと思われる。

ウ 裁判例(②腸骨採取による変形の場合)

(ア)労働能力喪失を肯定した裁判例

裁判例●52 神戸地判平成12年9月14日(交民集33巻5号1515頁)
年齢 固定時67歳
性別 女性
職業 主婦
原告の主張する傷害の内容 左大腿骨顆上部骨折等の傷害を受け,
左腸骨からの骨移植手術を行った
自賠責等級 骨盤骨変形12級5号
喪失率14%
裁判所認定等級等 併合11級
喪失率20%、喪失期間9年間(原告の主張どおり)

原告の主張 骨盤骨変形だけでなく,左足関節の機能障害も後遺障害として
認定されるべき(喪失率等詳細な主張は不明)。

被告の主張 左足関節の機能障害は後遺障害とはならない。原告の愁訴は
心因性によるところが大きく,日常生活に支障をきたさない。

【本裁判例の分析】
(1)裁判所は,左足関節の機能障害を,12級7号に該当するものと認めるのが
相当とした上で,骨盤に著しい奇形を残すものとして、後遺障害等級第12級5号と
認定されているから、併合11級と認定するのが相当であるとした。

そして、総合的に考慮すると、原告は症状固定時から9年間にわたり労働能力の
20%を喪失したと認めるのが相当であるとした。

(2)本裁判例は、腸骨採取による骨盤骨変形よりも自賠責で認定されていない
左足関節の機能障害が後遺障害として認定されるかどうかが争われた事案である。

裁判所は,骨盤骨変形について労働能力喪失の有無を検討することなく,
併合等級どおりの喪失率を認めている。また,後遺障害慰謝料も400万円を
認めていること(11級は420万円前後)から,腸骨採取による骨盤骨変形を
通常の後遺障害と同様に評価しているものといえる。

裁判例●53 大阪地判平成18年7月31日(交民集39巻4号1129頁)
年齢 事故時64歳
性別 女性
職業 主婦

原告の主張する傷害の内容 左下腿骨折及び左脛骨高原骨折
(左脛骨高原骨折観血手術の際に骨移植のため腸骨より採骨した)
自賠責等級 併合11級(①骨盤骨変形12級5号,②神経症状12級)
喪失率20%
裁判所認定等級等 併合11級
喪失率15%,喪失期間7年間(平均余命の3分の1)

【本裁判例の分析】
(1)裁判所は,原告は、本件事故により11級に該当する後遺障害を負ったが、
その後遺障害のうちには神経症状が含まれ、また、骨移植のための腸骨からの採骨が
労働能力喪失に及ぼす影響は限定的であると考えられることから労働能力喪失率は
15%であると判断した。

(2)本裁判例は,腸骨採取による骨盤骨変形の場合にも労働能力の喪失を
認めてはいるものの,その比率はごくわずかであると思われる
(併合11級の喪失率が20%,12級単独で14%であるところ,神経症状12級の
喪失率を減らす理由が記載されていないことから,単純に考えると腸骨採取による
骨盤骨変形の加算分は1%ということになる)。

(イ)労働能力喪失を否定した裁判例
裁判例●54 名古屋地判平成13年7月13日(自保ジャーナル1430号)
年齢 固定時24歳
性別 男性
職業 軽急便運送業

原告の主張する傷害の内容 第5、第6胸椎破裂骨折(その後骨盤骨の移植を
伴う第3ないし第7胸椎固定術を受けた)
自賠責等級 併合10級(①脊柱変形11級7号,②骨盤骨変形12級5号,
下肢神経症状14級10号)
喪失率27%
裁判所認定等級等 併合10級
喪失率20%,43年間(67歳まで)

被告の主張 骨盤骨の変形は移植骨採骨のために生じたもので、
後遺障害による労働能力喪失には影響がない

【本裁判例の分析】
 裁判所は,骨盤骨の変形は、後遺障害ではあるものの、脊椎固定術を行うために
医師により骨盤骨から骨採取がなされたことが原因であると認められるから、
これにより労働能力に影響が生じるものとは認められないと認定しており,
あくまで治療行為であることを理由に労働能力喪失を否定している。
 
裁判例●55京都地判平成14年2月14日(自保ジャーナル1452号)
年齢 固定時61歳
性別 女性
職業 兼業主婦
原告の主張する傷害の内容 右脛腓骨骨折及びそれに伴う
右下腿コンパートメント症候群,右手打撲傷
自賠責等級 併合12級(①骨盤骨変形12級5号,②神経症状14級10号)
裁判所認定等級等 併合12級
喪失率5%、喪失期間10年間

原告の主張 喪失率14%,喪失期間13年間(平均余命年数の2分の1と思われる)

被告の主張 自賠責保険の認定した骨盤骨の変形は,骨盤骨から日常生活に
影響しない部分から移植骨を採取した結果の変形であり,労働能力に影響しない。
原告の逸失利益については,残る後遺障害である14級の喪失率5%を基準として,
就労可能年数10年問に限定して認めるのが相当

【本裁判例の分析】
(1)裁判所は,自賠責の認定どおりの等級を認めた上で,骨盤骨変形障害は
自賠責保険による保険金支払事由とはなり得ても,元来が,自家骨移植のため
採取しても支障がないとされる腸骨から骨採取を行った結果であり、
それによる労働能力に対する影響が具体化しない場合は、自賠責保険による認定だけで、
それが直ちに労働能力に影響するとは考え難いのであり、本件でも、原告本人は
骨盤骨採取による痛みもない旨を本人尋問で認めており、結局、原告の後遺障害は
局部の神経症状(証拠によれば、神経学的異常はなく、膝関節屈曲運動だけが、
他動運動で左150度に対し、右140度という左右差があるだけであることが
認められる。)に限定され、これら事情を考慮すれば、原告は症状固定から
10年間にわたり労働能力の5%を喪失したと考えるのが相当であるとした。

(2)本裁判例は、腸骨採取による骨盤骨変形の労働能力喪失の有無が正面から
争われた事案である。

裁判所は、結論として腸骨採取による骨盤骨変形は労働能力に影響しないとした。

しかし,「労働能力に対する影響が具体化しない場合」「原告本人は骨盤骨採取による
痛みもない旨を本人尋問で認めて」いるということを理由としていることから,
例えば痛みが生じるというように労働能力に対する影響がある場合には,
腸骨採取による骨盤骨変形でも労働能力の喪失を認める方向で考えているといえる
(同趣旨の裁判例として,神戸地判平成19年10月1日は,「痛みが持続する場合には,
神経症状として労働能力の喪失をもたらし得るとみることができるとしても」と述べている)。

なお、裁判所は,障害の部位・程度等を考慮し,後遺障害慰謝料を150万円と
認定していることから(赤本基準では本来12級ならば290万円,14級だと110万円),
本件では骨盤骨変形は後遺傷害慰謝料においても影響が少ないと判断したものと思われる。

腸骨採取による骨盤骨変形の場合に,労働能力の喪失を否定したものは,上記の他に,
大阪地判平成7年3月24日(「骨盤骨の変形は労働能力には直接影響が
あるとは認められない」),脊柱変形の裁判例でも挙げた
東京地八王子支判平成13年9月27日(「移植骨採骨によって生じた骨盤骨変形それ自体は、
労働能力の喪失に直接は結びつかない」),大阪地判平成18年3月2日
(「骨盤骨の変形については労働能力喪失率に影響を与えるものとは認められないので」),
大阪地判平成20年9月8日(「腸骨採取による骨盤骨の変形障害は,
直ちに労働能力に影響するものとはいえず」),京都地判平成21年12月16日等がある。
また,東京高判平成19年2月22日では,「骨盤骨の変形障害は、一般的には、
労働や日常生活に支障が生ずる可能性はないか低いものであると言われている両腸骨からの
骨採取によるものである」としている。

エ まとめ
骨盤骨変形において,まず骨盤骨骨折を原因とする場合には,労働能力の喪失を認め,
しかも喪失率表どおりの喪失率を認定するものがほとんどであり,労働能力の喪失を
否定するものは見当たらなかった。

もっとも,骨盤骨折を原因とする場合でも,変形による支障が少ないとして,
労働能力の喪失自体は認めても喪失率を下げて判断するものもあることから(裁判例●51),
他の変形障害と同様に,具体的な支障を主張立証していくことが重要であるといえる。

他方,腸骨採取による変形の場合には,正面から労働能力の喪失を認めた裁判例は
わずかであり,大部分が否定していた。これは,腸骨採取があくまで医療行為の
一環として,本来身体に影響が残らないように配慮して行われるもので
あるからといえる(裁判例●54)。

しかし,腸骨採取の場合に労働能力の喪失を否定する裁判例においても,
変形に伴い痛み等支障が生じる場合には労働能力の喪失を認める余地を示すものもあり
(裁判例●55),また,たとえ医療行為に基づくものであっても,健康な身体への
侵襲を伴うものである以上,疼痛等支障が生じたのであれば,通常の後遺障害と
同様に判断すべきといえよう。

この点,片岡裁判官は,「採骨による痛みによる労働能力に対しての影響を
立証できれば,後遺障害を肯定できるものと考えます」と述べ,具体的には
後遺障害14級の神経症状として捉えていこうと考えている点が参考になろう
(平成●年赤本下巻講演録)。

したがって,腸骨採取の場合でも疼痛等が残存した場合には,他の後遺障害と同様に
労働に与える影響を検討し,主張していくことが重要であるといえる。




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